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演歌のルーツ教えて



1 名前: 男です女です名無しです 投稿日: 2005/05/15(日) 11:05:08 ID:7AFj5gNh
よろしくお願いします。



5 名前: 男です女です名無しです 投稿日: 2005/05/18(水) 20:36:46 ID:1tkPT2/1
演歌歌謡曲のルーツは大正時代に作られた中山晋平作曲の「船頭小唄」でしょう。それを基に派生してやがて古賀政男あたりが現在の演歌を完成させました。




↓続き


6 名前: 男です女です名無しです 投稿日: 2005/05/21(土) 22:43:14 ID:x7Rco/zb
船頭小唄ってどんな曲?


10 名前: 男です女です名無しです 投稿日: 2005/05/21(土) 23:29:21 ID:8G1dWVf/
「船頭小唄」は大正時代に流行。西条八十作詞、中山晋平作曲。♪俺は河原の枯れすすき 同じお前も枯れすすき どうせ二人はこの世では 花の咲かない枯れすすき


11 名前: 男です女です名無しです 投稿日: 2005/05/21(土) 23:30:54 ID:8G1dWVf/
↑【訂正】「船頭小唄」作詞者は西条八十ではなく、野口雨情でした。おわびして訂正します。


13 名前: 男です女です名無しです 投稿日: 2005/05/21(土) 23:48:42 ID:x7Rco/zb
野口雨情って有名な作詞家だよね。
しかし、平成の世でも通じる、なかなか味のある詩だな。


14 名前: 男です女です名無しです 投稿日: 2005/05/21(土) 23:54:53 ID:8G1dWVf/
↑野口雨情は作詞家と言うより、詩人ですね。


16 名前: 男です女です名無しです 投稿日: 2005/06/19(日) 10:13:21 ID:4vhPE3Lc
演歌のルーツは韓国で、日本ではないとの説も聞きますが、どうなんですか?


17 名前: 男です女です名無しです 投稿日: 2005/06/19(日) 11:10:47 ID:0x40g7Gq
>>16
それは完全なガセネタ 
実は日本の演歌が韓国にわたり、逆輸入されただけ。
日本の文化は何でも朝鮮半島がルーツだと思いたい
偏狭な自尊意識がそういう誤った説を流布したのだ。


22 名前: 男です女です名無しです 投稿日: 2005/08/02(火) 07:29:35 ID:HnJx+KaI
>>16
韓国の大ヒット映画『西便制』で「日本時代は演歌が流行り、戦後はジャズが流行り、
パンソリなんてダメポ・・」云々の古老のセリフが出てくる。
韓国でも演歌は日本の名残というか、日本的なものの代表みたいに見られているみたい。




18 名前: 男です女です名無しです 投稿日: 2005/06/19(日) 11:59:31 ID:4vhPE3Lc
>>17
そうなんですか。
かの国は、剣道も自分の国から日本へ伝わったという論があるとか(藁)

しかし、自分は今のド演歌の‘こぶし’に違和感を感じます。
(下手な演劇っぽく、白ける)

詳しくはないのですが、昭和20~30年代の曲には、いまのような‘こぶし’がないように感じます。

演歌の代名詞ともいわれる‘こぶし’のルーツはどこにあるのでしょう?


19 名前: 男です女です名無しです 投稿日: 2005/06/19(日) 12:15:23 ID:I7rtPfuk
18 民謡でしょう


20 名前: 男です女です名無しです 投稿日: 2005/06/19(日) 12:51:48 ID:4vhPE3Lc
民謡がルーツですか?

う~ん 自分の知っている民謡と
今のド演歌のこぶしは一致しないのですが...
(民謡のこぶしは、自然な感じ)

民謡のこぶしが、いつどのように変遷したのでしょうか?


21 名前: 男です女です名無しです 投稿日: 2005/06/19(日) 13:26:13 ID:I7rtPfuk
演歌のこぶしだけに限って言えば、ルーツは民謡や浪曲からです。曲のルーツはまた別物


23 名前: 男です女です名無しです [sage] 投稿日: 2005/08/02(火) 11:30:23 ID:6EqhROQv
幼い頃から中国や朝鮮の音楽をたくさん耳にし、
もちろん民謡、浪曲にも傾倒の深かった古賀政男が、
それらをギター1本で統一して作ったのが最初になると思う。
さらにレコードが開発され、古賀が外国へ行った経験が重なり更に進化し、そのあたりがルーツと思われる。
ジャズもまだ生まれて100年くらいしかたってないから、
ポップスに使われるコードや演奏法や作曲法はとうてい日本にあるはずもなく、
もうすでにその方法を取り入れてやっていた古賀政男はかなり偉大ということになる


24 名前: 男です女です名無しです 投稿日: 2005/08/02(火) 11:36:32 ID:QhXlzX+o
長唄端唄浪花節はどうなんだろか


25 名前: 男です女です名無しです [sage] 投稿日: 2005/08/02(火) 12:05:20 ID:XjLBAHdg
そうなると、話は外国になってしまうが、
クラシック音楽やマザーグースなどは、もう何百年もの歴史があるわけで、
クラシックで使い古されて捨てられたクラシックの楽器を、
黒人たちが自由に演奏するようになったのがジャズだ。
だからジャズのルーツをクラシックまでさかのぼるのはどうかと思う。

長唄は今でも「長唄」として残っており、演歌に変化したわけではない。
日本でも「ある程度演歌としての形となった時」となれば古賀からということでいいと思う。


33 名前: 男です女です名無しです 投稿日: 2005/09/02(金) 09:52:36 ID:0qHYkfsf
昔、大瀧詠一がNHK-FMで明治大正昭和の歌謡曲の歴史を紹介する番組があったな。
あれまたやらんかな。


40 名前: 男です女です名無しです 投稿日: 2006/03/01(水) 03:21:51 ID:OJCDMqtc
AM DM E7 この単純なコード進行は 
C | C | C | C | F | F | C | C | G7 | F7 | C | C |
の単純なブルースコードの進行を思い出させる.
日本は短調、アメリカは長調 でもメジャーのブルースの方がもっと悲しみが強く感じられるのは
演歌の歌は哀愁であり苦悩ではないからなのかな。
アメリカ人の短調の曲は悲壮感が漂い誰かのお弔い的楽曲になってしまう。
わび、さびの日本人は短調の曲さえほんわかまるめて、情緒の世界にもっていく。
それが演歌だと思う。


42 名前: 男です女です名無しです 投稿日: 2006/03/06(月) 03:12:00 ID:VmLZ/6f9
>>40
とても興味深い比較ですね。
日本の大衆音楽は、原点はアメリカでも、
演歌もポップスも、情緒の世界が得意ですね。


43 名前: 男です女です名無しです 投稿日: 2006/03/09(木) 03:10:20 ID:FSds9svO
>>40
ブルース音階が暗い短調の感じがするのはスケールがC7#9だからじゃない。
これってほとんどCmに近い。
皆にはつまらない話だと思うけど。


44 名前: 男です女です名無しです [sage] 投稿日: 2006/03/09(木) 10:46:06 ID:3bo+biv+
流行歌としての演歌はせいぜい戦後からのものだから歴史的には相当浅い。
カラオケブームとともに素人さん向けの演歌の大量生産時代に入り
その頃の粗製乱造の後遺症がいまだに残ってる。
今も昔も演歌そのものの大きさはさほどかわっていない。(もともと小さい)
それよりかつての主流であった歌謡曲のジャンルが随分小さくなった。
個人的にはこちらのほうが寂しい。


47 名前: 男です女です名無しです [sage] 投稿日: 2006/03/31(金) 17:22:39 ID:sOfrKmUB
元々の演歌はフォークの原点だよな。
社会風刺の演説歌というやつ。今ではヴァイオリン演歌と呼ばれる。
原曲はオペレッタから取ったものとか洋楽だったりするらしいし。


54 :男です女です名無しです :2006/08/06(日) 21:05:21 ID:KqMc+D1B
演歌を小学館の和英で引くと"a kind of Japanese popular
song which is full of melancholy.”とある。
しかしこれはだれが考えても誤訳だ。哀愁をおびた曲は演歌
じゃなくてもごまんとある。
ところが正しい英語は何だと考えるとこれは難しい。
演歌にはたいした歴史があるわけでもないし、今の時代多く
の人に受入れられてるわけでもない。
Country Song とはいいがたいし、Folk Song ともいえない。
戦後娯楽が乏しかった頃、男の楽しみといえば、夜の酒場で
過ごす事ぐらいしかなかった。
だから詩の内容が「夜の女」、「酒場の女」等底辺の女性を歌
ったものが多かった。
そして夜の繁華街は漁師が散財する港町で栄えたから、おの
ずと網衆(やんしゅう)を歌ったものも多くなった。
高度成長期を経て、カラオケの時代がやってきて、今の50台
以降の人達が好んで歌う曲がこれらをテーマにした曲でこれが演歌と呼ばれるようになり、
男だけのものではなくなった。
思うに年齢を問わず健全に育った女性は演歌などには興味
を示さないのではないだろうか?
何故ならおよそ別世界の話だからだ。
50台以降の男性なら大抵は夜の世界に足を運んだに違いな
いから、この手の音楽に抵抗は感じないだろうが、
女性で演歌が好きというなら、一度は夜の世界に足を踏み込
んだ人々に違いないと思うが、邪推だろうか?
さて本題の英訳だが、”E・N・K・A”is a popular man's night
life song which is full of melancholy.というのはどうだろう
か。
異論があるところだと思うが。



名前: 男です女です名無しです 投稿日: 2006/11/03(金) 01:42:39 ID:3tQL67Dw
 演歌は明治中期の川上音二郎に代表される壮士演歌やその後(明治後期)新進
演歌師(国産レコード吹き込み歌手一号)として一世を風靡した神長瞭月が創作
した当時のインテリ学生や社会情勢を風刺したバイオリン伴奏による演歌と区別
するため現代演歌というジャンル分けをした上で、
 
 Modern ENKA is a kind of Japanese popular song represented for sad
and melancholic scene of love affairs or a variety of sentiments of
Japanese common people in life trial.

としてみました。いかがでしょうか?



58 名前: 男です女です名無しです [sage] 投稿日: 2006/11/03(金) 10:37:51 ID:ycPEaSoB
>>56
現代演歌と壮士演歌は内容的にほとんど繋がっていないと思われます。
昭和四十年代頃より歌謡曲歌手がキャンペーンでレコード店々頭などで
マイクを握っている姿が昔の演歌師の姿を彷彿とさせることから演歌と
呼ばれるようになったということです。
と同時にカラオケの普及により演歌というジャンルが確立されていったと
思われます。


61 :男です女です名無しです :2006/11/04(土) 00:49:48 ID:jhgPuept
演歌のルーツを考える時、明治期に活躍した演歌師の川上音二郎や神長瞭月の存在
は非常に大きく感じられます。現代演歌との内容的接点はほとんどないのですが、
実は神長瞭月については昭和51年のNHK思い出のメロディーに出演し、「新金色
夜叉」を2コーラス歌っています。大正ロマンというコーナーで小柳ルミ子が「さ
すらいの唄」を歌った後に登場し、朗々と歌いきっています。当時神長は88歳でこ
のステージの後ほどなくして亡くなっています。昭和51年というと、現代演歌の全
盛期でもあり、「私の城下町」や「瀬戸の花嫁」という現代演歌のカテゴリーに入
る得る曲を歌った歌手と同じステージに立っているのです。国産レコード吹き込み
歌手一号の演歌師であった彼は当然当時テレビで放映される歌番組を目にし、日本
の流行歌の変遷をつぶさに観察していたに違いありません。明治40年前後にデビュ
ーした歌手が昭和51年まで健在で、番組に出演したこと自体驚きでありますが、
音楽の経時的ジャンルの変遷は川上音二郎の「オッぺケペー節」を10歳前後に聴
いて以来、ダウンタウンブギウギバンドの和製ロックまで一応耳にしている世代
だったということも貴重な点であると感じます。惜しむらくは彼の晩年に流行っ
た現代演歌や和製ロックについて自身のコメントが聞けなかったことです。藤山
一郎は当時の若者の音楽や現代演歌について感想を聞かれ、一言「ご勘弁を」と
しきりに言っていましたが、その藤山が生まれる前にデビューし、自作自演で歌
っていた神長のコメントはどうであったかが非常に気になるところです。


67 名前: 男です女です名無しです 投稿日: 2006/11/04(土) 21:03:26 ID:o4KWcVxc
演歌・歌謡曲が商業目的で創作され、流行歌(はやりうた)として一般庶民に
受け止められた経緯を見ると、明治期、演歌師によって創作されたはやりうた
はその源流となりうるものです。民謡、俗曲でも明治期商業(レコード販売)
目的にあらたに創作され吹き込まれたものは流行り歌に準ずる扱いとなります
が、浪曲や浄瑠璃は流行歌とは一線を画すジャンルのように思えます。現代演
歌との結びつきを論じるのであればまだ小唄や長唄を挙げる方が的を得ている
のではないでしょうか。


70 名前: 男です女です名無しです 投稿日: 2006/11/05(日) 21:19:15 ID:8rTOPEbt
浪曲が現代演歌の中に取り込まれ、生かされている曲は数多くあり、そういう視点
で言えば、浪曲からストレートに影響を受けた現代演歌は多くあるといえるでしょ
う。問題は現代演歌への影響を考える場合、作風(詩の内容)、曲調、歌唱それぞ
れ、どの部分を持って影響があったかによって解釈は大きく分かれます。例えば、
現代演歌は戦前・戦中・戦後に発表された日本調のSP流行歌にその源流を見出し、
歌唱法については、日本調の流行歌を吹き込んだ小唄や長唄の名手であった芸妓歌
手の音符に現れないこぶしにその萌芽が認められるという考えであれば、浪曲から
の影響の前に、長唄・小唄の歌唱法について趣を置くといった具合です。実際、日
本調のSP流行歌には浪曲の要素も当然ありますが、現代演歌の商業的流行性を踏ま
えると数々の日本調のSP流行歌の影響なくして現代演歌のルーツは語れないことは
自明の理です。実際、それらの曲のオリジナル音源を聴き、歌ってみるとより明ら
かに気づきます。もちろん江戸後期~明治・大正期(大正半ばからは浪花節)の浪
曲の要素を当然認めた上です。ですから現代演歌の定義と代表曲を上げてもらえま
すか?具体的にそのルーツとなる日本調のSP流行歌もしくは浪曲(浪花節)につい
て語りましょうか。



74 名前: boludo 投稿日: 2006/12/25(月) 08:54:46 ID:Tra5pM2H
アフリカのケープベルデには、モルナという演歌に非常に似た音楽のスタイルがあります。
このふたつの音楽にはなにか発生上の関係があったのでしょうか? アフリカ遠洋漁業の影響などが
あったのでしょうか? もしなにか知っている方がいらしたら、ぜひとも教えて頂きたいです。
ありがとうございます。


76 名前: 男です女です名無しです [sage] 投稿日: 2007/03/04(日) 01:22:44 ID:rLH3IXRN
演歌のルーツならここのホームページが詳しく正確ですよ
http://homepage1.nifty.com/zpe60314/enkaindex.htm


78 :男です女です名無しです :2007/04/21(土) 18:13:20 ID:1LOl/e+w
>>76
大正時代の世相を歌った演歌と現代の演歌は別物と言った方がいいですね。
いわゆる「演歌違い」


80 名前: 男です女です名無しです 投稿日: 2007/05/28(月) 03:43:38 ID:462xCUo9
演歌の流れは4分3拍子で「五木の子守唄」などを古賀政男が
アレンジして確立した。


89 名前: 男です女です名無しです [age] 投稿日: 2008/05/20(火) 21:27:06 ID:jn4uz/A8
昭和初期の流行歌の中でも三味線などを入れ、浪曲師などの影響を受けて
「こぶし」を多用したものが今の演歌の原型に近いと思う。
「小唄」「浪曲」「都々逸」などの影響を感じる。
古い流行歌でも藤山一郎などには演歌を感じない。
演歌=古賀政男説があるけど、彼はかなり新しい人だと思う。
戦前の上原敏などを聴くと、もう演歌が完成してるよ。

http://jp.youtube.com/watch?v=IYgsPNhKSFQ&feature=related (リンク切れ)


90 名前: 男です女です名無しです [age] 投稿日: 2008/05/21(水) 08:42:48 ID:k5d/bUVx
演歌の「こぶし」は浪曲からというのが正しいね。
美空ひばりは浪曲もやってる、違和感がない。

http://jp.youtube.com/watch?v=YAirgvKERZw (リンク切れ)


93 名前: 男です女です名無しです 投稿日: 2008/06/14(土) 12:07:06 ID:dwIpV5Oq
現在の演歌って、歌唱法だけが残ってるけど、
アメリカンポップスとかフォークとかの影響が強いよな。
『海雪』なんて作曲がロックンロールの宇崎竜童だし、
森進一の『襟裳岬』はフォークの吉田拓郎の作。
60年代の村田英雄や美空ひばりあたりが最後の演歌という感じもする。









演歌のルーツ教えて
http://mamono.2ch.net/test/read.cgi/enka/1116122708/l50

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